「兵器」はパワーショベルと機関銃だけで「戦闘」は禁止
a03_011
引用:http://www.mod.go.jp/j/approach/kokusai_heiwa/s_sudan_pko/photo/img/a03_011.jpg



南スーダンの内戦が激化

自衛隊もPKO平和維持活動で駐留している南スーダン内戦で、国連安保理は深刻な事態が発生していると警告しています。

日本の国会では南スーダンの自衛隊部隊の日報に「戦闘」という文字があったか無かったかという、どうしようもない低レベルの論争を展開している。

内戦地域に軍隊を派遣するのは、武器を持った相手を武力で鎮圧する為で、嫌なら自衛隊を派遣するべきではないのです。

          スポンサー リンク



国連安全保障理事会2月10日、南スーダンで市民への攻撃が行われているとして、強く非難するという声明を発表しました。

声明では市民が戦闘に巻き込まれたり標的になっていて、略奪や破壊などが行われているとしている。

同国では人口1000万人のうち150万人が難民になり、8万4000人が国外に脱出し、かなりの犠牲者も出ている。


南スーダン政府はPKO部隊による市民保護を妨害し、外国からの武器の流入も続いていると警告している。

同国で内戦を繰り広げているのはキール大統領の政府軍と、マシャール前副大統領の反政府軍で民族紛争になっている。

自衛隊が駐留している首都ジュバよりも地方の治安悪化が激しく、2016年7月には孤立した邦人を自衛隊が輸送しました。


自衛隊の現地PKO部隊は軽機関銃程度の武装しかなく、移動車両は大型ジープ(軽装甲機動車、高機動車)のみで、地雷や手榴弾にも耐えられない。

まるで富士駐屯地でピクニックに出かけるような軽装備で、輸送車両は通常型トラックのみで、攻撃に耐えられる装甲車は派遣されていない。

安保反対派は「無謀な南スーダン派遣をやめろ」と言っているが、無謀なのはある意味で当たっている。



南スーダン内戦の経緯

南スーダンはスーダンの一部だったが、宗教の違いなどで分離独立したが、以降ずっと内戦状態にある。

スーダンは1954年にイギリス・エジプト共同統治から独立したが、大部分を占めるアラブ系イスラム教徒と、南部のアフリカ系非イスラム教徒の内戦が勃発した。

これが第一次スーダン内戦で、南部鎮圧後の1956年に正式にスーダン共和国が発足しました。


1983年スーダン共和国が南部にイスラム法を強制したのがきっかけで再び南部の独立戦争が勃発し、第二次スーダン内戦は2005年まで続きました。

第二次スーダン内戦では190万人の犠牲者が出て、400万人以上が難民になり、和平協定後の2011年に住民投票で正式に南スーダン独立が決まった。

独立は国際的に承認され国連加盟国になったが、独立からわずか4ヵ月後の2011年11月に、政府軍と人民解放軍の戦闘で内戦が勃発しました。


南スーダンのキール大統領はディンカ族、マシャール前副大統領はヌエル族で両民族が対立し、副大統領は反政府軍を指揮して南スーダン内戦が勃発した。

国連PKOは独立住民投票が実施された2011年7月から駐留していて、自衛隊もインフラ整備や土木工事を担当している。

だが各国駐留地域周辺でも戦闘や住民弾圧が行われていて、危険な状態にあるとされています。


こんな時に日本政府は「戦闘」か戦闘でないか、戦闘は憲法違反か違反していないかを延々と議論して、ピクニックの軽装備で自衛隊を派遣している。

軍隊を内戦国に派遣して駐留させるなら十分な装備や兵器が必要で、装備を持たずに任務だけを果たせというのは旧日本軍よりも酷い。

少なくとも大本営は装備を持たせる気はあったが、生産が間に合わないなどの理由で持たせられなかったが、今の日本政府は最初からやる気が無いのに任務だけを強要している。

          スポンサー リンク


          スポンサー リンク